Casa VINITALIA
7 Marzo, 2008



Il Vento dell’Alto Adige .1

〈南チロルの風〉


ここ南チロル地方、イタリア語別名アルト・アディジェ州に来て
5年目を迎えようとしています。
山に囲まれ、整備された落ち着いた街並、
のどかな風景に慣れ親しんだ今日この頃、
たまたま素敵なご縁がありこのようなコラムを書かせてもらえる機会を頂きました。

なぜ僕が、有名な旅行情報誌でも1・2ページしか載っていないような
マイナーな地域に長いこと住んでいるのか。
そして今に至るまでの経過はどのようなものだったのか。
そんな私的なお話しを交えながら、
このコラムを通して一人でも多くの方々に、この南チロルの風を感じていただけるように、
情報の風を皆さんに伝えていこうと思います。


ハイキングや登山をしたことがありますか?森林浴はお好きですか?

都会に住んでいれば、誰もが求める自然と過ごす自由な時間。
そんな素敵な場所に住んでみたいと思っていたのが、今から56年前。
もちろんハイキングや登山などイタリアに来てからはしたことがありませんでした。

当時僕はミラノのレストランで働いていました。
ミラノ(人口約140万人)はご存知の通り、都会で人も多く、ハイキングや森林浴など
無縁の町で、情報もありふれていて、旅行情報誌でも何ページにもわたって
盛りだくさんの情報が書かれている、まるで東京のような町です。
そんな活気のある日々の生活を投げ出して、突然なぜアルト・アディジェ州の小さな町
メラーノ(人口約35千人)に来たかというお話しからしていこうと思います。
そこには後にメラーノまでつながる人とワインの存在が潜んでいたのです。


もともと僕はホテルマンを目指す千葉の片田舎の若造で、
ホテル専門学校生のときにある有名なソムリエと出会ったことから始まります。
その方とお話がしたくて、毎日小まめに挨拶をして、
ある日勇気を出して告白をしました。

「三宅さん、ソムリエになるためにはどのような勉強をしたらいいのですか?」

当時研修先であった東京プリンスホテル。
三宅俊彦シェフソムリエ(現在は高輪にあるラ・ロマネのオーナーソムリエ)は
ちょうど仕事を終えて帰るところで、僕はルームサービス係で料理を持っていくところ。
どこぞの知らない研修生が三宅ソムリエに話しかけるなんて、滅相もないことでした。
しかし当時19歳という未熟な山下少年は、ただ三宅ソムリエの人柄が好きで、
彼のようになりたい、ただその一心で告白にいたったわけです。
僕はあのエレベーターホールの出来事を一生忘れません。
告白した後にデリバリーした部屋からチップをもらったことも忘れません。

後日、三宅ソムリエは夜勤明けの僕を呼んで、丁寧に
「この本と問題集を買って自分のワインノートを作りなさい」
とアドバイスしてくれました。
絶対に絶対に忘れられません。

そのアドバイスをいただいたワインのノートを作る舞台が、
専門学校卒業後に行ったスイスです。スイスでは、その1年後に行く
イタリアのすばらしさに気付くかけがえのない想い出の場所となります。

僕の通っていた都内の専門学校には、卒業後1年間、
提携しているスイスのホテルで働かせてくれるというプログラムがあり、
僕はその試験に運よく受かることができたのです。
もとは、自分自身のサービスという仕事を海外で試してみたかった、
勉強したかったというのが本来のコンセプトなのですが、
まさか自分が受かるとは思ってもいませんでした。

スイスに行って何をしたかといえば、日本食レストランのウエイター!
寿司や刺身、味噌汁から日本のビール、鉄板焼きもやっていたので
専用のソースや食後のお絞りなど、日本のいろいろなものを
外国人の上司に教わりながら、お客様にサービスする仕事でした。
「これがサービスの勉強!?スイスまで来て!?」とはじめは戸惑いました。
無理もありません。わざわざ日本人を雇って高級フレンチ・メインダイニングで
働かせるわけはありませんよね。たまたまそのホテルのオーナーが日本食好きで、
コックさんを含め多くの日本人を雇い、和食レストランを経営する人だったのです。
そして前年度の先輩の話を聞いてすぐ気持ちを切り替えました。

自分のための勉強は、自分で計画して作り上げなければならない。

先輩達の話はこうです。
「ここは仕事も楽で、お給料も程よくもらえて、休みもいっぱいある。
俺ももう1年間いたいなー」。

先輩達には本当に感謝をしていますし、彼らがいなければ
今の自分はないということも理解しています。
でも彼らとは違った生活をしていこうと思ったのも事実。

サービスを含めた色々な勉強は何処でもできる、自分の気の持ちよう。



僕がまず取り掛かったことは、コックさんたちとの連携強化でした。
アイコンタクトで今何が欲しいというのを読む。
サービス側もお客様には気を配っているつもりですが、
目の前で焼いているコックさんのほうが確実に目が届きます。
そんな合図をサービス側が汲み取るようにしたこと。
お客様に迷惑をかけずに、コックさんの仕事の流れを造っていくのもサービスの技量。
夜な夜なコックさんの先輩方とサービスの話で盛り上がっているとき、
サービスの人間とコックさんがなぜ仲がいいのか不思議に思いました。
でもこうあるべきだと実感できましたし、仕事に生きてきました。
先の先輩が言っていた楽というのではなく、本当に楽しい仕事ができたと思っています。

またそれと同時に三宅ソムリエの言っていた自分のワインノート作りにも力を入れました。
春先から始まり夏前くらいまでの数ヶ月は、部屋に閉じこもり勉強ばっかりしていました。
基本的なワインの知識を自分なりにまとめ、ノートが完成すると次は
同僚と行う比較試飲やワイナリーの旅など肌でワインを感じる勉強に没頭しました。
スペインやポルトガル、フランス、イタリア等色々と強行で歩いて見て回りました。
もちろん歩いているのは僕だけです。他の旅行者は車でビューンと僕を抜いていきます。
でも僕はその分、土地やぶどうや働いている人たちを見ることができたのです。
車がない分、素敵な出会いもいくつかありました。
フランス人いい人だな!スペイン人は情熱的だな!
ポルトガル人はフランス人よりいい人だな(僕の主観です)
そのような細かなことも、これらの旅で見ることができた僕の財産です。
で、イタリアは・・・・。

イタリア。ここには僕に大きな影響を及ぼしたあるワインとある人の存在が潜んでいたのです。
そのワインとその人が僕をイタリアに連れてきたといっても過言ではありません。

そのお話しはまた次回!


                                 Kallmuenz ソムリエ
                                               山下将士


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