| Casa VINITALIA | |
![]() |
|
| 6 Giugno, 2008 | |
Il Vento dell’Alto Adige .4 〈南チロルの風〉 ブレッシア県のコンチェジオ村、 幹線道路の通る人里離れたこの場所に リストランテ・ミラモンティ・ラルトロはあります。 ブレッシア市内からは10kmほど離れた位置にあり、 車がない場合の行き来には唯一バスしか交通手段はありません。 そんなバスも来る時と来ない時がありますし、 乗車するためのチケットが売っているタバッキ (通常タバコ屋さんですがバスの回数券やチケット、新聞・雑誌などを販売し、 日本で言う宝くじのようなものも購入できるお店の総称です)も お昼休みと夕方7時以降は閉まってしまいます。 大きなスーパーも5km以上行かないとありませんし、 日用品は近くのサルメリア(主にサラミやチーズを売っているお店ですが、 田舎ともなるとティッシュペーパーやシャンプーなど日用品も売っている 日本で言うコンビニのようなお店です)で事足りますが、 こちらは夕方5時半には閉まり土日はお休みです。 はっきり言って「ど」がつくほど不便な田舎なのですが 住めば都、そんな生活にもだんだんと慣れていったわけです。 そんな環境なのに不思議だったことは、 「なんでこんな田舎なのにお店はこんな忙しいんだろう、 どこからこんなにたくさんの人が来るんだろう」 ということでした。 結局イタリア人は美味しいもののため、 至福の時間を大切な人と過ごすために、 そのような不便な街でも車を飛ばして来るのです。 日本の都会ではちょっと考えにくいことですが、 これが文化の違いなのですね。 そんな辺境生活で唯一と言ってもいいほどの楽しみは、 月曜日。お店の定休日です。 ほぼ毎週と言っていいほど僕はこのコンチェジオ村から離れていました。 行き先はブレッシア市内・・・しかないのですが、 CDや本を探したり、昼間からお酒を飲んでみたりと 自由気ままに過ごしていました。 そしていつも一緒にいたのは、北海道出身で 職人性もあり人間性も豊かなコックさん・康一兄さんでした。 当時一緒に住んでいたベルギー人が退社した後、代わりに 彼が入ってきたので、彼とは同じルームメイトの仲でもありました。 彼は大酒飲みで大食いで、それでいて スリムな体型をしている気の優しいお兄さんです。 僕が仕事から帰ってくると、先にシャワーを浴びて すっきりした顔でビールを美味しそうに飲んでいるのです。 「まさくんもやりなよ!」といつものように ビールを頂戴し夜な夜な遅くまで語り合うのでした。 彼は美味しいものや楽しい遊びを色々知っていて、 そんな話を聞くのが楽しみでもありました。 海や川で釣った魚を食べた話、どこどこのレストランで何を食べたという話、 クレジットカードが切れなくなるほどヴェネチアで豪遊した話などなど、 笑いを含めた楽しいものばかりです。 毎日毎晩そんな話を含め、次の休みはどこへ行くだの 何をするだのと話をするのが彼と僕の日課でもありました。 行き先はブレッシア市内なんですけどね・・・。 でもそれほど僕らにとって週に1度の大切な月曜日だったのです。 住んでいるところにキッチンがなかったので、そんな休みの日は 「食べる」ために街場のトラットリアやリストランテへ行くことが習慣でした。 そうした場所へ行くと決まって二人とも地元のワインでもある フランチャコルタのスプマンテで乾杯をします。 フランチャコルタは僕らにとって思い出の場所でもあります。 それは唯一の休みの月曜日に現地のカンティーナへ 2・3度ケータリングに駆り出されたことがあったからです。 朝早くに出勤して荷物を運び出し、会場で夕食のセッティング。 昼食休憩の後、夕方のアペリティフから食後の後片付けまで ほぼ1日中動きっぱなしで家に帰ってくるのは夜中の3時4時。 で、もちろん次の日は通常通りに10時出勤ですので、 実質2週間働きっぱなしという過酷な経験をしたことがあったのでした。 しかしその中でもカンティーナの中を見学することができたり、 食中に出たワインを試飲させてもらったりと自分なりに得たこともありました。 そんな辛かったけど楽しかった思い出と共に乾杯をした後は、 前菜・パスタ・メイン・チーズ・ドルチェと食べに食べて、 白ワイン1本、赤ワイン1本、と飲みあさったこともありました。 食後のエスプレッソコーヒーと共に食後酒のグラッパも欠かさず、 今思えばよく飲んで良く食べたなと感心するほどです。 当時、二人がよく注文して食べていたのは、 「牛肉のタリアータ、ルッコラ添え」でした。 熱いお皿にスライスされた牛肉とルッコラが乗っていて、 オリーブオイルと塩・胡椒で食べる至ってシンプルなお皿です。 こちらをレアーで頂くのですが、これが翌日からまた 1週間働くための血となり肉となるわけです。 「来週もこの肉、喰ってやる!」 と思わせてくれるほど、毎回楽しみにしていた料理でした。 そのように毎月頂くお給料を毎週外食に当てることで、 「食べる」こと以上に色々なことを感じることができたのも事実です。 お客さんという立場からサービスの立ち居振る舞い、 ワインサービス、お皿の構成、お店の雰囲気を 見て感じることができたのは大きな財産になったと思います。 実際、見栄えがきれいで絵のようなお皿に巡り会えたり、 知らなかったワインが自分好みのものであったり、 大衆的なトラットリアではまるでそこが自分の家かと思うくらい リラックスした雰囲気で食事を楽しめたこともありました。 しかしあるところでは汚いグラスが出されたり、 お皿にたくさんの手垢がついたままサービスされたりもしました。 良いことだけではなく余りよくなかったこともありましたが、 「僕の働いているレストランでは出すお皿に気をつけよう、 グラスは毎日きれいに磨こう」と思い直すのでした。 「人の振り見て我が振り直せ」 昔の人はいい言葉を言ったものです。 得た感動は自分の感性につなげて、 自分が嫌だなと思ったことは他人にしないように心がける。 このような感覚を21歳の時に感じさせてくれたのは、 康一兄さんの影響がやはり大きかったと思います。 それと同時に自分に投資することの大切さも実感しました。 一般生活にとって「食べる」ことは重要です。 一週間のきつい仕事を終えてようやく訪れる休みに、 その「食べる」楽しさ、「食べる」喜びを僕は見つけたと思います。 「うわぁー、うっまそー」と声に出して、 出てきた料理に鼻をあてて思い切り香りを楽しみ、 まるでお皿を舐め廻したかのようにパンでソースをきれいに拭い、 それを自慢げにカメリエーレに渡して、 「美味しかったよ。お皿きれいにしておいたからお代はなしで!」 なんて言って笑われてみる。 今から考えればちょっとお行儀が悪いようにも思えます。 そんな「食べる」至福の時間が増えれば、 人間的豊かに仕事や私生活を送ることができるような気がするのです。 「食べる」ことを通じて感動をして楽しんだら、 今度はもてなす側としてお客さんにそれらを伝える努力をします。 「これはこうやって作られたものなんですよ。 そしてこれとこれを一緒に食べてみたら美味しいですよ」 そうやってお客さんの素敵な笑顔を見ることも僕は至福だと感じています。 パニーノやファーストフードでお腹を満たすためだけに「食べる」のではなく、 たまには心の豊かさを育むために外食を楽しめば、 「食べる」という素朴なことが素朴でなくなると思います。 見方を変えれば何でも違うように見えるものです。 僕はサービスとして働く人間の観点からレストランを見て楽しんでいましたが、 どんな方でも同じように楽しめば喜びや感動を発見でき、 それが記憶として残るでしょう。 美味しいものが食べられて、尚かつ記憶に残る。 なんて素敵なことなのでしょう。 22回目の誕生日に康一兄さんと行ったミラノのサドレルも、 そんな記憶を残してくれたレストランの一つです。 ここでは料理・サービスという以前に衝撃的な出会いがあったのでした。 職人気質で目がギラギラした熱いコックさん。 そのお話はまた次回! ◆ 〈今回登場したワイン〉 ブレッシア市とイゼオ湖の間に位置するフランチャコルタ地区。 |
|