| Casa VINITALIA | |
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| 1 Agosto, 2008 | |
Il Vento dell’Alto Adige .6 〈南チロルの風〉 21歳の3月、まだまだ冷たい春風が吹く中、 山下少年はレストランサドレルの門の前に立っていました。 このレストランで働くためにオーナーのサドレル氏と面接をする約束をしていたのです。 数ヶ月前に康一兄さんと食べにきた時とはまた別のどきどき感を感じながら、 いざ呼び鈴を押そうとするところでした。 思えばこの2ヶ月はたくさんのことがあっという間に過ぎ去って行きました。 1月のサドレル訪問時の福本伸也との出会いから こうも時の経つ早さを感じさせられるとは、ベルを鳴らすまで気づかなかったものです。 僕らはあの日、食事を楽しんだ後近くのバーで飲み直し、 べらべらと色々な話をしました。彼とはその時同年代ということを知り、 「ひょうきん族だった?ドリフだった?」「いや、吉本やろ!」なんて 他愛もない話で一気に親近感が増したのを覚えています。 それから「シンヤ!」「マサ!」の呼び合いが始まりました。 初対面でここまで呼び合うのは彼が最初で最後かもしれません。 そしてその日の別れ際に彼から、 「じゃあ、今度ミラモンティに食べに行くよ」 と言う約束をしてその日は分かれました。 それから数週間後のある日曜日のランチに、 彼はミラモンティ・ラルトロのホールで食事を楽しんでいました。 全く逆の立場、今回は僕たちが彼をもてなす側。 今までにもたくさんの日本人のお客様をこのホールでも接客しましたが、 なぜだかこの日はちょっと「意識」してしまいました。 それでもいつもと変わらないよう、平常心を保ちながら接客に向かいました。 水は大丈夫か、ワインは残っているか、パンは食べきったかなど 彼のテーブルを視線の端に置きながら、 自分の担当のテーブルの全てに家族に接するように、 知っているイタリア語を使いながら業務を進めていきました。 彼の食事が終わり、僕たちの業務が終わった後、 近くのバーでコーヒーを飲みながら反省会です。 その時彼が一言、 「マサッ、お前いいサービスするな!将来俺と店やろうぜ!」 「いいのかよ、そんなこと簡単に言って!」と思いましたが、 その言葉どれほど嬉しかったことか。 その彼の一言がミラモンティ卒業までの期間を早めたのかもしれません。 そして卒業の日は訪れます。 3月の上旬、社長、ダニエラを始めすべてのスタッフに この1年間の感謝の意を伝えました。 「ここでは本当にたくさんのことを勉強させてもらいました。ありがとうございました」 イタリアンサービススピリッツとでも言いましょうか、 貴族をもてなすような重厚なサービスではなく、 家族のような親近感のある雰囲気、 それでいて凛とした感覚や見せる技術も兼ね備えた空気が、 この1年間で色々見させてもらえました。 そのことに感謝の意を伝え、次の職場へと足を向けます。 しかしこの先、予期していなかった問題が山下少年を待ち受けていたのでした。 ミラモンティを卒業した後、トスカーナのとあるレストランで研修するように話を進めていました。 そこで研修するにあたり滞在許可書を自分で用意することが前提だったのですが、 その滞在許可書を更新するにあたり問題が発生し、 期間内の更新が難しいという結果になりました。 イタリアに来たことのある方なら誰でも経験する難所です。 夢と希望だけではイタリアでは生活ができないと実感した瞬間でもありました。 受け入れ先にその旨を伝えると厳しい返事が返ってきて、 まるで天国から地獄へ突き落とされたようでした。 途方に暮れて日本の両親に電話をしました。 「お母さん、俺もう帰るわ!」 「イタリアに負けた」と落胆した状態で、誰かの声を聴きたかったのか 親に続いて電話した先がミラノにいる福本伸也でした。 彼からの返事は一言、 「マサッ!うちで働くか?おっさん(サドレル氏)に聞いておくからミラノに帰ってこい!」 なんと頼もしい一言。 それも即答でそんな言葉をかけてくれて、 とても同い年とは見えない度量を感じました。 その言葉だけを頼って今サドレルの門の前に立ち呼び鈴を鳴らそうとしているのでした。 呼び鈴を鳴らし中から出てきたサドレル氏は笑顔で僕を迎え入れてくれました。 早速エントランスにある椅子に腰をかけ、 自分が今までやってきたことの内容と今の滞在許可書の状態、 そしてイタリアでもっと勉強したいという旨を早速伝えました。 「僕の仕事ぶりを見てください。それからお給料を始め、 ここで長い期間雇って頂けるかどうかを決めてください!」 そうしたらふたつ返事で「じゃあ、うちで働きなさい」というお返事を頂いたのです。 その代わり今は観光ビザで数ヶ月滞在した後、 ミラノの語学学校に加盟して学生用滞在許可書を用意すること。 これがお店側からの条件でした。 こうしてその日の夕方からサドレルのカメリエーレとして仕事が始まったのです。 ミラモンティを卒業してから半月後のことです。 初日に初めてやらせてもらったシルバー磨きが、あれほど楽しく 充実感を持ってできたことをまるで昨日のことのように思い出します。 「仕事って楽しい!!」 初日の仕事が終わり、レストランが所有する従業員アパート、 といっても住んでいるのは山下少年と福本伸也のみでしたが、 冷蔵庫に冷やしていたプロセッコを取り出し、 彼に対して感謝の意を込めて「サルーテ!」。 真っ赤な顔をして、よかったなと笑っている彼の笑顔はギラギラした様子が抜け、 まるで家族の幸せを喜んでいるかのようでした。 「外食ではフランチャコルタ、誕生日はシャンパン、仕事始めはプロセッコ、 こんな始まりもいいかな?」 次回はサドレルでの業務内容とミラノでの私生活です。 ◆ 3世代続くニーノ・フランコ社は、 Kallmuenz ソムリエ 山下将士
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