Casa VINITALIA
13 Novembre, 2008



Il Vento dell’Alto Adige .9
〈南チロルの風〉


「いいレストランには、いい常連さんが付く」
どこのレストランにも常連のお客様というのはいるものです。
明るく気さくな方、ちょっと話しかけづらい気難しそうな方、
いつも同じお皿をお召しになる方。
まさに十人十色のお客様方から僕たちレストランスタッフは
本当にたくさんのことを勉強させてもらえます。

今回はミラノにて常連のお客樣方から学ばせてもらったお話です。


働き始めて間もないレストランでは
どなたが常連なのかなどは全くわかりません。
ましてやそれらの方々の好みなどは時間を経てわかるものです。
その職場でしばらく働いて初めて、顔や名前を覚えてもらったり、
お話をさせていただいたり、ゆっくりと時間をかけて
信頼関係を築き上げた後に色々見えてくるものです。
しかし仕事始めでそのような方々を接客するのはやはり不安なものです。



学生時代、私は東京のある老舗のホテルで
ベルボーイの研修をしていたことがありました。
そこに来る方々は財界の方をはじめとする著名人ばかりで、
18
歳の少年が何かのお手伝いができるわけでもありませんし、
お話をさせて頂くことなど滅相もないことでした。

もちろんそのような方々がお越しの際は正社員の先輩方が対応するのですが、
その際山下少年は、「顧客の対応は経験豊富な社員の先輩方に任せて、
僕は今日初めて来てくれた人が顧客になってくれるよう努力をしよう」
と思って2ヶ月のホテル研修を過ごしました。

そしてその間、ホテルというところがどのような場所なのか
肌で感じることができましたし、日々顧客情報を収集しようとする
勤勉な先輩達と一緒に働くことができました。



それと比べてレストランはホテルよりも規模も内容も
幾分小さいのですが、やるべきことは同じです。
サドレルにも多くの顧客がいましたが、
その中でも印象に残る方で医療関係のお仕事をされている方がいました。

いつもドンペリニョンをキンキンに冷やして飲まれる方で、
シェフのクラウディオ氏を始めホールスタッフが彼の好みを知っているほど重要な方だったのです。
いつもお召しになるシャンパンは、少しずつ何度もサービスされるのがお好みなので
テーブルに立ち寄る回数も増えれば、グラスの状況を確認する回数も増えます。

ある日いつものようにお魚のメニューをお召しになり、メインコースの終わり際、
完食した頃を見計らいシャンパンを注ぎ足そうとテーブルへ近寄りました。
丁度最後の一口をお召しになり、ボトルに手をかけゆっくり注ぐと、
通常の量よりも少し多めに注いで差し上げました。
わざとちょっと多めに注いだのは、食後の口の中をさっぱりさせてもらおうと思ったからでした。

しかしそこはサービスの一方通行。
「マサ!なんでそんなに多く注ぐんだ。」
その一言でこの方にとっては、口の中をさっぱりする為のシャンパンの量は、
いつもの通り指2本分くらいの量で十分であると理解しました。
それで足りなければもう1度注ぎ足せばいいだけの話であって、
浅はかな自分の考えが浮き彫りになった出来事でした。
しかしそのような場面を何度も経験することで、
その方の好みやそうでないものが明確になり、
それらを汲み取って次回のサービスに生かすことができるのです。
つまり先を読む力が備わってきます。


このような失敗を重ねてもこの顧客は見捨てることなくチャンスをくださり、
そのうち「マサ、お前の好きなワインを持ってきなさい」と
ワインを選ばせてくれたりもしました。
ただ注文を受けるだけではなく、受けたリクエストを2倍にも3倍にもして返す努力。
ただひたすら「この方に喜んでもらいたい」と思い接すること。この積み重ねによって
お客様との信頼関係は築けるものだと身をもって実感しました。


気持ちを込めてお勧めしたこの時期に注目を集めていたシチリアの赤ワインが、
それ以降この方のお気に入りワインに追加されたことはこの上なく嬉しいことでした。


そしてまたメニューにないものを注文される顧客もいらっしゃいます。
イタリアンなのに和食や中華など別のジャンルを要望するというお客様は稀ですが、
例えばメニューに書いてあるものとは別の付け合わせのお料理や、
このお肉、あのお魚とただ漠然と素材名だけ言われて
後はおまかせで、と注文なさるお客様もいらっしゃいます。

こういう場合、サービスとキッチンの連携と技術・知識・経験が求められます。
どのような状況でそのようにおっしゃったのか、
言い方、仕草などでその方の好みを探ります。
そしてホールスタッフはそのイメージをシェフに伝え、
キッチンスタッフはその技術や知識でお客様の要望に応えていきます。


ある常連のお客様からお魚の盛り合わせが食べたいと要望がありました。
当時魚場を担当していた相方の福本伸也が、
クラウディオ氏から「お前のイメージで作れ」と言われ、
彼の実力が試されました。


今まで下皿としか使用されていなかった真っ白な四角いお皿に、
彼は自らの
技術や経験を盛り込み始めました。
それはまるで真っ白なキャンパスに描かれていく一枚の絵のように。
様々な魚介類、それを彩る色鮮やかな野菜のピュレ、野菜のチップ。
その華やかな作品はお客様もシェフも大いに満足させ、
次回のメニューから一品料理として正式に採用されたほどでした。


「ピンチをチャンスに変えよう」

いつもとは違うイレギュラーな要望が入ってくると、
「面倒くさいな」とか「いやだな」などネガティヴなイメージが付いてしまいがちです。
それは「失敗したらどうしよう」とか「できなんじゃないか」
という弱気な面があるからだと思います。
でもそれは勇気と努力で克服できます。
その壁を越えると信頼度がアップしますし、何より自信が付きます。


私は日々心がけている「サービススタンス」があるのですが、
それは「逆扇型のすすめ」というものです。
学生の頃や社会の経験が浅い頃には、
どうしても扇型のスタンスで物事を考えてしまいます。
つまり「自分」という点からここからここまでと範囲を決めて、
それ以外の人とは接しない、興味を持たないと制限してしまいがちです。
しかし私たちサービスマン及びレストランスタッフは、
「お客様の喜び」というところに点を置き、
それを中心にここからここまで対応ができる
というスタンスで業務に取り組んでいければいいと思うのです。
これが私の唱える「逆扇型のすすめ」です。
福本のあの時のお皿は、お客様の喜びの為に自分の知識を探って生まれたお皿であり、
彼の感性、日々の勉強、そして何より彼の努力の賜物なのです。


これらは全て顧客の要望から生まれた結果であり成果であります。

ホテルマンを目指していた学生の頃、
京都の伯父にこんなことを言われました。

「山下将士のサービスを受ける為にこのホテルへ来ました。というお客さんを増やせ」

職は違えど、根本的な理念は同じものと思っています。
何を求められているのか。何が大切なのか。何ができるのか。
最高の場所をいつでも提供できるように、普段から準備をしておく。

多様なニーズに自然に応えられることが、
冒頭に述べた「いいレストラン」に近づく秘訣のひとつなのであろうと私は思います。







今回紹介するワインです。

90年代中盤から後半にかけて注目を浴び始めたシチリアワイン。
その果実味あふれる味わい、凝縮感、バラエティー豊かなワインの種類などが
注目を集め、イタリア国内の新世界ワインとして詠われました。

外来種の栽培・醸造も目立つ中、5世代続けてブドウを生産してきた
モルガンテ社は、土着品種でもあるネロ・ダヴォラ種にこだわりを持っています。
シチリア島の南部、古代遺跡が残るアグリジェンント近くにモルガンテ社は所在しています。
1994
年に創業者でもあるアントニオ氏が2人の息子と共にワイン醸造を始めました。
1997年にリカルド・コタレッラ氏を醸造コンサルタントに向かい入れて、
その翌年の1998年からシチリアの新星として一般市場に知られていくようになります。
技術革新にも積極的に取り組み、毎年期待を裏切らないネロ・ダヴォラを生産し続けています。
60ヘクタールの自社畑は丘陵地にあり、標高350mから550mにかけて
ネロ・ダヴォラが一面に広がっています。


1年間のフレンチオークによる樽熟成と8ヶ月間の瓶内熟成を経て生まれたワインは、
ブラックチェリーのような艶のある凝縮した色合いで、香りは
赤果実のジャムのようなニュアンスと高貴な革のイメージに
深みを足したのが第一印象。南の島のワインを感じさせる凝縮感が特徴的。
時間を追えばカフェのようなロースト香、トリュフの瓶詰め、海沿いの石のような香りが拾えます。

ちなみにボルドータイプのグラスではインパクトは少ないものの、一定した幅の香りが持続し、
それに比べてブルゴーニュタイプのバローンではすぐに広がりのある香りを楽しめる分、
第一印象で感じられた豊かな香りは長持ちしないように思えます。

味わいはボルドータイプのグラスでは味がまとまっているのが特徴的です。
ふくよかな果実味から入り、中に切り込むタンニンとボリューム感が同時に感じられて、
引き締まる酸と広がるミネラル感が後味に残ります。

バローンでは幅のある果実味が特徴的で、アルコールから感じられるボリューム感が
タンニン、酸、ミネラルと共に内側へ伸びていくニュアンスです。


今回は2つのグラスで1つのワインを飲み比べてみました。
個人的にはボルドータイプのグラスが好印象でしたが、
自分の好きなグラスのタイプを探すのも面白いかもしれませんね。

このようにグラスだけでなく、自分の好きなタイプの味や組み合わせなどが発見できれば、
大切な常連のお客様にお味見いただき、もしそれがお口に合えば
信頼関係は生まれるきっかけになりうるかもしれません。
日々の勉強と探究心は欠かせないですね。




Don Antonio 2005, Morgante -Sicilia-

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